台湾|921大地震の震源地:九份二山(南投縣集集鎮)
[PR]
1999年9月21日01時47分(現地時間)、マグニチュード7.6。およそ102秒にわたって大地が大きく揺れ続けたそうです。震源地は台湾中部の南投縣集集(ジージー)鎮の九份二山。死者2415人・行方不明者29人、負傷者1万1千人以上、全壊・半壊家屋は8万戸を超えたといいます。
爆心地とも呼ばれているこの場所は、現在では「九份二山震災紀念公園」として開放されています。
日本で起こる地震は震源は海底であることが多く、陸地が震源地だったらその付近がどのような状態になるのか想像もつかないけれど、この光景を見たとき、本当にショックだった。わずかに足が震えていました。
ここには売店があり、ガイドさんらしき老紳士が居ました。彼はこの地域に住んでいて、もともとこのあたりはなだらかな山々だった、写真に映る赤い屋根の家は、他の場所から飛ばされてここに着地したといいます。 漫画みたいな話ですが、「中に居たら景色が変わっててびっくりしただろう」とユーモアたっぷりに話してくれました。笑っていいのかどうか・・・大変な話を聴くことは、とにかく難しい。
この地震によって、標高1000mを超える高さから、谷底500mまで(計1500m以上)、一気に山が崩れ落ち、その間たったの40秒程度だったとも言われています(2分弱だったという説もあり)。
標高が400mも低下し、崩壊地は180ヘクタールに及び、14世帯41人が生き埋めになりました。そのうち22人は未だ行方不明。牧場も土砂に飲み込まれて300頭以上が生き埋めに。さらに、2つの渓流が堰き止められ、現在では石子坑湖と九才湖と名付けられた2つの天然の防波堤湖が形成されたそうです。
かつては、緑豊かな美しい山々と、集落では私達と何も変わらないごく普通の人達の、ごく普通の暮らしがありました。どうやっても救助の手が届かないまま、この地に眠っているそうです。 本当に言葉がないです。ただ、ただ、心より、ご冥福をお祈り申し上げます。
さまざまな国や企業や団体、ボランティアからの支援を受けつつも力強く復興し、穏やかな日常を取り戻したように見えても、あらゆるところにその傷跡は残っています。未だに商売に影響が出ている方もいれば、当時のつらい記憶が蘇ってしまう人もいて、多くの方たちが「家は建て直せたけど、亡くなった人達も見慣れた風景も、もう元には戻らない」と、今でも嘆いています。かける言葉が見つかりません。
今回ここに連れて来てくださった台湾人のLさんも南投縣で被災しています。ご自分の経験もお話してくださいましたが、彼がこうして話せるようになるまでの道程が一体どのようなものだったかを思うと、胸が痛みます。
もちろん、今でも言葉にならないものはたくさんあることもお察しします。
さまざまな国や企業や団体、ボランティアからの支援を受けつつも力強く復興し、穏やかな日常を取り戻したように見えても、あらゆるところにその傷跡は残っています。未だに商売に影響が出ている方もいれば、当時のつらい記憶が蘇ってしまう人もいて、多くの方たちが「家は建て直せたけど、亡くなった人達も見慣れた風景も、もう元には戻らない」と、今でも嘆いています。かける言葉が見つかりません。
今回ここに連れて来てくださった台湾人のLさんも南投縣で被災しています。ご自分の経験もお話してくださいましたが、彼がこうして話せるようになるまでの道程が一体どのようなものだったかを思うと、胸が痛みます。
もちろん、今でも言葉にならないものはたくさんあることもお察しします。
また、この公園内には、「磁場屋」「磁力小屋」「傾斜小屋」と呼ばれている、どうやってもまっすぐ立てない場所がありました。画像を見ると、家は左に傾き、手前の柵は右に傾いてる。ペットボトルは縦にしても横にしても転がりません。
この写真を撮った位置から見ると崩れちゃった場所だなと思う程度なのですが、この柵を超えると平衡感覚がわからなくなり、眩暈と体が重たい感じに襲われる家の中に入るとその不快感はさらに強烈になり、奥へ行くほど強烈になります。空気が違っていて、濃いというか、淀んでもいるし、うすら寒く、長居はしたくない感じ。全然、まっすぐ立つことができませんでした。
この写真を撮った位置から見ると崩れちゃった場所だなと思う程度なのですが、この柵を超えると平衡感覚がわからなくなり、眩暈と体が重たい感じに襲われる家の中に入るとその不快感はさらに強烈になり、奥へ行くほど強烈になります。空気が違っていて、濃いというか、淀んでもいるし、うすら寒く、長居はしたくない感じ。全然、まっすぐ立つことができませんでした。
台湾の人たちは
「今でも磁場が狂っている。方位磁石もくるくる回ってしまう。」
「ここは、ミステリースポットです!!」
と、大興奮!
「今でも磁場が狂っている。方位磁石もくるくる回ってしまう。」
「ここは、ミステリースポットです!!」
と、大興奮!
画像の左から右に行くのにめちゃくちゃ苦労して、やっと右側に到達できたかと思ったら、今度はドアの方に、体が吸い寄せられてしまう、といった具合。でも、ドアの方が位置が高くて、手前に向かって傾いているのですよね。
また、画像の左側を向くのはいいけど、右の方に向くともう立っていられない。壁づたいに前進を試みても無理。ここから出て20分くらい、船から降りたときみたいにフラフラしまっすぐ歩けなくなりました。少し気持ち悪くなったり、耳鳴りがしたり、頭痛までしてくる有様。人によっては、こんな風に身体がおかしくなるので、気をつけてくださいね。
どうしてこうなるんでしょうね?
●九份二山震災紀念公園
https://blog.xuite.net/liwen2010/blog/382317932
![]() |
* * * * * *
【追記:2020年5月】
この震災は、それまで経済優先だった台湾社会に、山地開発や僻遠地域の整備、政府の災害対応システムなどの課題を容赦なく突き付けたと思いますが、これを機に台湾の急難救助体制は成熟していきました。震災当時、世界各国が台湾に救助隊を派遣し、物資を届けてくれたことに、台湾社会は深く感謝。世界各地で重大な災害が発生するたび、台湾のレスキュー隊と医療団はすぐに被災地に駆けつけ、一般市民も惜しみなく義援金を贈り続けているそうです。2011年3月11日、日本でも東北を震源とする大きな地震があり、台湾の皆様から、迅速で多大なご支援や励ましを頂きました。
ご自身が抱える大きな痛みを越えて、共感を寄せ、支援してくださった皆さまに心よりお礼申し上げます。

コメント