台湾|日本統治時代の大正町エリア、林森北路付近の南京東路で夜食を調達(台北市中山區)
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せっかく林森公園のそばに泊まっているので、その周辺で夜食を調達。このエリア、日本統治時代には高級住宅街だった「大正町」、その後「林森北路」という大通りを中心に日本人向けの歓楽街へと変遷し、現在に至ります。
歌舞伎町のようなところと言われ、多くの方がブログに書いていると思うので、今回はちょっと外れた南京東路を歩いてみました。意外なことに、コンビニがいっぱいあって、日本人が全然いなくて、結構ローカルな雰囲気でした。
今回歩いたのは、この赤い矢印線に沿った通り、「南京東路一段132巷~153巷」のあたりです。林森公園の前を歩いて角を曲がった途端、夜だけ出没する小さな屋台がいくつかあって、さっそく臭豆腐の匂いが。
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| 林森北路は南北に2~3km近くありそうな、結構長い通り。 |
日本統治時代の「大正町」とは
1911(明治44)年、台風の影響で台北では川が氾濫、復旧に際して「日本人向けの衛生的で美しい住宅地造成を」との意見から、1912(大正元)年、台北土地建物会社が土地10万坪購入、台湾総督府や財界の支援を得て造りました。
このように大正時代に完成したことから「大正町」と名づけられ、1丁目~3丁目で構成、現在の中山北路以東、新生北路以西、南京東路以南、市民大道以北のエリアだそうです。町は行政官吏の宿舎などもある高級住宅街でした。
歓楽街になったのはなぜ?
敗戦により日本の財産すべて中華民国国民党政府に没収され、建物は一時的に中国人官吏などの住居として使用されました。
第二次世界大戦後からベトナム戦争期にかけ、アメリカ大使館や米軍駐屯地がこのあたりに置かれるようになっていきました。大正町だったこのエリアは、多くの木造家屋は解体され、商業地や米軍向けの保養地などに変わっていきました。
| 「呉師大衆飯店」ここは人気店なのか、一番混んでいたように思います。 |
ほう、ここが「五木大学」か・・・
| 南京東路一段側から覗いた林森北路の飲み屋街 |
| 中心となる大通り「林森北路」側から飲み屋街を覗く。 |
駐在や出張で台北に来た日本人は夜になるとここへ足を運び、お酒を飲んで、カラオケを唄って、そこでの会話などから中国語や習慣を覚えたため「五木大学」と別名が付けられるようになったとか。ちなみに林森北路は台湾一の繁華街なのだそうです。
観ていないのですが、林森北路のクラブを舞台にしたNetflixのドラマもあったみたいですね。
台北経済新聞:
Netflixドラマ「華燈初上」シーズン3配信開始 バブル期の日式スナック舞台
(2022年3月25日記事)
https://taipei.keizai.biz/headline/373/
『華燈初上 -夜を生きる女たち-』
1988年のバブル期を舞台に、林森北路にある日系ナイトクラブ「光」を舞台にしたサスペンス愛憎劇。
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夜になると、コンビニのすぐ脇に「檳榔」 屋さんの屋台が現れます。
それより夜食はどうした?
呉師大衆飯店の向かい、2021年にオープンした台湾料理の「條通快餐小吃(ティャオトン クァイツァン シャオチー)」。
おばちゃんが一人で切り盛りしており、忙しそうでした。入口に置いてある伝票に数を記入しておばちゃんに渡すスタイルです。
| 平日の夜なのに、既にオーダーがたくさん入っていました。 |
定食のメニューはこちら。
以前の台湾ではあまり見かけなかった韓国語ですが、観光客が増えているため併記しているお店が結構あるようです。
さて、夜食。
「牛腩飯(台湾華語:ニウナンファン/台湾語:グーラムブン)」にしました。
牛肉煮込み丼で、牛バラ肉(すじ肉など)を柔らかく煮込んであり、肉がホロホロでおいしかったです。丼といっても日本の丼飯と違って、定食という感じ。それを全部ご飯の上に乗せています。台湾の定食やお弁当ってたいがいそういうスタイル、かつ、必ず煮卵が乗っていますよね。
(終始、八角の香りがするので苦手な方にはお勧めできません。)
営業時間:11:00 - 23:00
定休日:日曜日
支払い:現金のみ


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