あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
今年は2026年、ミレニアムだなんだと騒ぎつつ21世紀の幕が開けてから、早くも四半世紀が過ぎました。
新たな区切りなので、気持ちを切り替えていこうと思っても、2050年までの25年の間には何が起こるのか?と心配になりますよね。
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
今年は2026年、ミレニアムだなんだと騒ぎつつ21世紀の幕が開けてから、早くも四半世紀が過ぎました。
新たな区切りなので、気持ちを切り替えていこうと思っても、2050年までの25年の間には何が起こるのか?と心配になりますよね。
とにかくいつも混んでいてなかなか入れなったお蕎麦屋さん「虎ノ門 大坂屋砂場」に行ってきました。1972(明治5)年、砂場本家「糀谷七丁目砂場藤吉」の暖簾分けで創業。虎ノ門という場所柄、幕末の三舟「山岡鉄舟」「高橋泥舟」「勝海舟」にも贔屓にされてきたそうです。
現在のお店は、1923(大正12)年に建てられ、関東大震災や第二次世界大戦などの被災を免れました。また、近年の再開発では、愛宕下通りの道路拡幅工事の際に建屋を曳家で4m移動したものの、建物の風格は失われていません。店主さまも、現在ではもう6代目だとか。
宮造りなど、いかにも昭和の銭湯という感じのところばかり記事にしてきたけど、ビルトインの銭湯でも紹介したいところはいっぱい。たとえばここ、JR神田駅と大手町の間くらい(A1出口からなら、大手町の方が近い)「稲荷湯」さん。
既にここにあった銭湯を、現在のご主人のお父様が1955(昭和30)年に購入し、1982(昭和57)年に建て替えてビルトイン銭湯になったとか。中はさらにリニューアルされていて非常にきれいです。
前回、甘味処の竹むらさんの記事を書きましたが、今回はそのすぐ近くにある老舗のお蕎麦屋さん「神田まつや」さん。実は、竹むらさんに行く前に訪れたら、満席。日を改めて来てもほぼ満席!さすが人気のお蕎麦屋さんです(基本的には、並ぶものと思っていい感じです)。
神田まつやさんは1884(明治 17) 年創業、大正、昭和、平成を経て令和の現在でも伝統の江戸の味を守り続けています。こちらも池波正太郎さんが通った名店です。
神田というとつい神保町の方ばかり行っていて、JR神田駅周辺に来たのは久しぶり。このあたりは、北側の神田川、南側の日本橋川に挟まれた庶民の町で、低中層ビルが密集するオフィス街。西口に降りれば大手町に近く、北口に降りれば秋葉原に近い。
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| 寅さんを演じる渥美清さんと山田洋次監督。 撮影は昭和44年から平成7年頃まで約26年間も続いた。 |
無声映画からトーキーへ移り変わると、周囲にある町工場の騒音が撮影に差し障ることから、1936(昭和11)年に、神奈川県鎌倉郡大船(現:神奈川県鎌倉市大船)に移転しました。寅さんでおなじみの「男はつらいよ」もここで撮影されていました。
前回「全米日系人博物館(7)」の続きです。1943年1月28日、日系人による連隊規模の部隊が編制されることが発表され、強制収容所内でも志願兵の募集が始まりました。部隊名は「第442連隊(442nd Regimental Combat Team)」。
| 軍服は思ったより小さく、当時の日系二世も小柄だったことがうかがえる。 |
忠誠登録で「YES」と答えた日系人は87%もいたにも関わらず、当初、兵役を志願し入隊できたのは800人くらいだったそうです(その後は増えます)。