台湾|変わりゆく風景:西寧國宅と西寧市場(台北市萬華区)(2)市場の様子【2026年10月解体決定】
前記事に引き続き、2026年10月解体の「西寧國宅(シーニン グオジャイ)」と「西寧市場(シーニン シチャン)」。オフィスや住居はもう移転済みですが、市場は営業していました。この市場、主に食品エリアと電子部品エリアしかない変わった市場です。何でその組み合わせなの?ちなみに床屋さんも営業してました。
電子部品エリア「西寧電子商場(シーニン ディエンズ シチャン)」のレトロ感や店構えに懐かしさが込み上げ、目頭が熱くなる方もいらっしゃるかと思います。今回も少し怪談話(?)的なことに触れてしまうため、苦手な方はまたのお越しをお待ちしております。
| 看板のフォントからもレトロを感じます。 |
ローカルな食料品とかなり専門的な電子部品が同じフロア内でこんな風に棲み分けをしています。変わった市場ですよね。ただ、入ったときの雰囲気やフロアマップを観ていると、普通の観光客が楽しめる市場ではないというのは、お察しいただけると思います。
(ほんとにね、ローカルな市場って、観光客に慣れた市場とは全然違うんですよね)。
| 入口も数カ所あります。 |
<営業時間>
- (青)電子エリア 10:00〜20:00(日曜定休)←店によって若干違うらしい。
- (橙)食品市場 5:00〜13:00(月曜定休)
撮影したのは月曜日の朝。
食品フロアは定休日だし、電子エリアは開店して間もない頃だったので活気に欠けた雰囲気になっています。476世帯の住民がいなくなったし、移転したお店も出てきているので、昔ほどの活気がないのは仕方ないですよね。薄暗くて妙に静かに見えるかもしれませんが、幽霊がいるからとか人が来ないというわけではありません。
入口そばに、自治体からのお知らせを掲示するボードがありました。1999年ポスターがまだに貼られているから、管理されていないかのように誤認しそうですが、ちゃんと最近のものも掲示されています。
電子部品エリアには、オーディオ機器や真空管、監視カメラ、電子パーツなどを扱う専門店が軒を連ね、かなり専門的な部品や、年代もののパーツを揃えているだけでなく、修理もしてくれるそうです。
お店を覗いてみると、店員さんの年齢層が高く、本当に昔から機器と向き合ってこられたであろう世代の方が多かったです。
今は製品の製造から廃棄までのサイクルが早く、直すよりも新しいものを買った方が早いような時代ですが、本当に機器が好きで詳しくて、昔のものの方が好きだという人には、ありがたいお店が多いんじゃないかな?という印象です。
これからまた直して使う時代が来るかもしれないなあ、なんて思ったりすることが時々あるけれど、部品やお店だけでなく、どんなに癖のある機器でも直してしまう技術ある方も減ってしまっています。
光華商場のように、一般ユーザ向けのPCやガジェットを扱っているところではなく、プロや相当高度な知識を持つマニア向けというか、かなり専門的な電子部品、修理、音響パーツを扱っているという感じ、しますよね?
| 昔、デモや運動会で使っていたような拡声器もある!! |
それにしても、どうしてここにこれほど専門的なお店が集まっているんだろう?
1992年10月、かつて台北市内にあった巨大ショッピングモール「中華商場」が閉店・解体されるのを機に、電子部品関連の数店舗が共同で移転してきたことがきっかけだったそうです。
中華商場は、1961年に台北駅と西門町の間を通る中華路一段に開業した、多種多様なお店が入った市場でした。1960年代~1970年代の最盛期には、家電や衣料、骨董、飲食などの店があり、流行の最先端の場所であり、台北で最も賑やかな場所だったそうです。
中華商場からの移転組に加え、2008年7月、光華商場が建て替えをし、仮店舗営業も終了したタイミングでの移転組もいたそうです。
また、こういう配管剥き出しのビルも、レトロだわぁ。
気を取り直して、食品エリアへ。
定休日なのでみんなお店閉まっています。休日出勤らしき人も数人いたくらいです。地下には行けなかったのですが、地下はまさに肉や魚が所せましと売っていて、活気があるようです。
こうしてみると、単に休みなだけで普通の市場ですよね?
こういう状態を撮影して、「さすが、心霊スポット。やはり何か不気味です」とか言うのも違うかなあという雰囲気でした(個人的な感想)。
市場で働く人たちや住民の目線でいえば、事故や事件があれば本当に悲しく痛ましいと思うし、もうここでそういう悲しいことが起きないようにと願う気持ちだっただろうと思います。
ですが、何と言われようと、ここで働いてきたこと、暮らしてきたことの思い出や、町や建物、暮らしに対する愛着の方がずっと勝っているのでは?
特に長く暮らしていれば、ご自宅で亡くなる人の話も聞いたでしょうし、むしろそちらの方が多かったのでは?普段の西寧國宅を知らずに事件のことだけに焦点を当てた人たちと、普段から暮らしている中で事件があったと知った人たちとでは、どうしても温度差があると思いますよね。
風水的に見て、事件や事故が起こりやすいとか霊が集まりやすいなどの意見もあった、「猛鬼大楼(モンクイ ターロウ)」という不名誉なあだ名も付けられた。それでも、台北の繁栄の一時代にランドマークとしてここに建ち、古き良き台北がここにあった、せめて第三者の私たちはそのことを知り、忘れてはいけないと思います。
まだ人がたくさん住んでいる賑やかな時代に来たかったなあ。その時代を撮りたかった。その時代のことを書きたかった。やはりもう少し早く台北に来るべきだった、やはり18年は長かったなと思いました。
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【編集後記】
霊が見えるとか見えないとか、どう感じるかは個人差があります。私自身、自分が歩いた範囲では何も感じなかったのに、恐ろしそうに書くわけにもいかず。かといって、様々なことがあった場所と知りながら「幽霊?そんなものいないわよ!」と否定的で強硬な態度を取るのも違うような・・。難しいところですよね。
もし何か見ちゃったら?もし画像に何か映っちゃったら?とか、全く思わなかったわけでもありません。まあ、そしたらこの取材はお蔵入りするしかないかなあと思っていました。自らこういう場所に来ている割に、気が小さいのです。
日本でも、ここ数十年で自〇も事件も増えています。台湾もそうなのでしょうか?既にお亡くりになってしまった方とご遺族には何と申し上げてよいのか、「ご冥福」しか思い浮かばず、他の言葉が見つかりません。
それと、もしも今「自〇」が頭をよぎってしまう方々や、そこまでいかなくとも、とてもつらい状況にある方々に救いの手が届きますように。
前記事の編集後記にも書きましたが、使用されていないフロアには決して立ち入らないよう、台北市都市局も呼びかけています。念のため、当サイトでも注意喚起として本文を記載しております。
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