台湾|台北市内で最大規模:士林夜市(台北市士林区)/夜市の歴史

台湾に来たら夜市も楽しみのひとつ。ほとんどの夜市は毎晩開かれ、地元の人々や観光客でごったがえしています。縁日や年末のアメ横以上の混雑ぶり。特に混んでいるエリアは100mくらいの距離を歩くのに20分以上もかかりました(笑)。



お祭りでもないのにどうしてこんなにいっぱい屋台が出ているのか、平日なのにこんなに混んでいるのか、と思ったら、昼間の酷暑を避けていることや、働くお母さんが多いからではないか、ということでした。 

とにかく色々なものが売られており、露店の並び方も適当な感じなのも面白い。ゾーニングもあまりされている感じもありません。
 



地元の人達も、買うものを決めて来ている様子もなく、買うものを決められない家族を急かすわけでもなく、その時の気分や雰囲気で買ったり食べたりしている感じです。


夜市の歴史
突き詰めていくと、清の時代の「天秤棒の呼び売り」に行き着くようです。対岸の福建省や広東省から渡ってきた移住者たちが開墾していたところへ、天秤棒を担いで料理の呼び売りを始めたところ、それが大盛況。
またその頃、無病息災を願って廟を建てたところ、人が集まり、食事を提供する露店も集まり、次第に人が集まるところには屋台や露天が出没、次第に市場が形成されるようになったという説があります。そのため、夜市は地域やその市場によって、規模も特色も異なるのだとか。

天秤棒の時代から数えると、200年以上の歴史があるんですね。




日本統治時代の納涼会も夜市に影響を与えたと言われています。
戦後、国民党が入ってきてからは、夜市も取り締まりや指導の間で揺れ続け、多くの矛盾を抱えていました。結局のところ、取り締まりの主な目的は政治・思想なので、対象になったのは書籍販売などの一部の業種に限られ、食べ物や日用品の露天商に関しては、それほどでもなかったとか。

その後は、出店者を福祉的な意味で必要な人に絞った時期もあったそう。
国民所得がある程度の水準に達すれば露天商や屋台も減るだろうと思ったら、台湾経済に多大な貢献をしていたことがわかったとか。
急速な工業化や都市部への人口流入、外食産業の普及なども後押ししたでしょうが、庶民の生活に欠かせない上に、歴史と文化の象徴と言えるレベルになっていて、今では台湾屈指の観光名物となっています。
今回は、台北市内「士林夜市」に行ってきました。私の夜市デビューです。



士林夜市
台北市で最大規模の夜市ということもあり、日本からも週末を利用して台湾にやってきた「台湾小吃(B級グルメ)ファイター」みたいな人も来ていました。食べまくるぞ!!って感じだし、やりとりも慣れている(笑)。



士林市場は、1909年頃、淡水河の交易拠点として栄えたこのエリアにある慈諴宮の門前や周辺に屋台が集まったのがはじまりだと言われています。1913年(日本統治時代)には、公式に「士林市場」として開設され、当時は最も近代的な”朝市”と言われていたそうです。朝市に夜市が加わったのは、戦後のこと。周辺に大学がいくつか創設され、朝市+夜市となり、朝6:00頃から夜24:00頃まで営業しているそうです。
現在は、施設の老朽化による衛生上・安全上の問題により、台北市政府が大規模改修を決定。2002年10月に市場を閉鎖し、剣潭駅前に「士林臨時市場」が設置されました。写真はその臨時市場(仮説)の様子です。

一部の店舗は建物の中にあり、中は空気が油っこいような・・。蚵仔煎(台湾風の牡蠣オムレツ)、大腸包小腸(台湾風ソーセージ+もち米の腸詰)、臭豆腐(しゅうどうふ)、大餅包小餅(春巻のようなもの)、雞排(ジーパイ)などの看板が目立ちます。
しかも安い!

蚵仔煎(台湾風の牡蠣オムレツ)とビーフンを頂きました。すごいボリュームです。これで30元とか40元とか。
士林市場には、日本語のメニューは全くないので、中国語が堪能な友人頼み。事前にガイドブックを見るか、台湾に旅行に来たことがある人や、台湾人に聞いてみるとよいかもしれません。



この士林夜市、新しい建物の完成がいつになるのかはわかりませんが、これだけの規模なので、おそらくまだまだ先だと思います。昔ながらの雰囲気がガラっと変わって欧米のフードコートみたいになるのか、建物はきれいになったけどやっぱり士林夜市らしいなあとなるのか。楽しみです。


コメント