前回に引き続き、ハトヤ宿泊記。タワー館の山側の和室10帖のお部屋です。床の間やサンルームがあるから、余計に広々した感じ。家族旅行や修学旅行、社員旅行や会合などの団体さんの利用が多かった時代の作りだなあという感じ。
2025-09-24
2025-09-23
静岡|昭和遺産:ハトヤホテル(2)ロビー(伊東市)
前回からの続きで、ハトヤのロビーの画像です。ハトヤの名物のひとつ(?)!の渡り廊下は、本館と新館を繋ぐもので1968(昭和43)年に完成したそうです。
アーモンド形の窓枠を見て思ったのですが、1960年代の女性用の腕時計にアーモンド形のデザインのものが多数ありました。当時の流行だったのでしょうか。
2025-09-22
静岡|昭和の温泉ホテル:ハトヤホテル(1)外観(伊東市)
関東圏ではお馴染み「伊東に行くならハ・ト・ヤ、 電話はヨイフロ(4126)」のハトヤに宿泊してきました。本館は、1957(昭和32)年、別館は1967(昭和42)年竣工。
本館はもうすぐ築70年。古いホテルに泊まるといつも思うのですが、敷地の使い方も、建物内も、かなりゆとりを持たせた空間の使い方です。徐々に慣れてしまったので気づかないけど、こうして古いホテルに訪れると時代が随分変わったのを実感します。
2025-09-21
静岡|スイートハウス「わかば」(伊東)
2025-09-20
鉄道と駅舎|戦前建築、JR「伊東」駅
JR東日本の路線網の中で最南の「伊東」駅。JR東海道線は 熱海から沼津へ向かう本線と伊東行の伊東線に分かれ、伊東から以南は伊豆急行になるのですが、特にホームや改札を分けているわけでもなく、下田までSuicaが使えます。
伊東駅の駅舎は、1938(昭和13)年12月15日、鉄道省の伊東線が網代駅から開通したときに建てられたもの。2025(令和7)年の時点で、築87年。まだまだ現役です。
2025-09-18
静岡|開国から約170年、ペリーロードを歩く(下田市)
下田の見どころは海ばかりではなく、かつて栄えたであろう古き港町の面影が残る場所がありました。そのうちのひとつがここ「ペリーロード」。1853(嘉永6)年7月8日、江戸湾の入口である浦賀(神奈川県横須賀市)にペリー提督率いる黒船が来航、開国を要求しました。
その翌年の1854(嘉永7)年5月、日米和親条約(神奈川条約)を締結。その条約の中に、下田と箱館の2港を開くことと、下田は即時開港および領事の駐在を認めることも記載され、下田は鎖国以来日本で初めて開港された港のひとつとなりました。締結に至るまで、ペリー提督が約300人の部下を引き連れ、幾度にも渡る交渉のために実際に歩いた道が、このペリーロードなのだそう。
2025-09-17
静岡|市場でゴハン:金目亭@下田市魚市場(下田市)
下田に来たら食べたいもののひとつが「金目鯛」。下田港は、金目鯛の水揚げ量が日本一だそう。真っ赤なボディと大きな目玉はかわいいけど、ちょっと他の鯛とは違う感じがすると思ったら、実は深海魚で水深200m~800mに生息しているそうです。
市内には金目鯛の料理を扱うお店はたくさんあるようですが、やはり市場で食べたいと思い、下田漁港にある「金目亭」に行ってきました。煮付けもおいしいけど、今回はお刺身です。
2025-09-16
静岡|白浜海岸が目の前:Hana Cafe(下田市)
道路越しに白浜海岸を眺められるカフェ「Hana Cafe」さん。サーフショップの白浜マリーナさん内にある水着やハワイアンの衣装、アクセサリーなどを販売しているショップに併設されています。
天気は薄曇りだったけれど、それでもこんなにきれいな海岸を眺めながら、のんびりランチが楽しめます。東京砂漠で働いているせいか、すごい贅沢な気分です。
2025-09-15
静岡|伊豆白浜海岸(下田市)
東京から行きやすいエリアの中で、一番砂が白い(かもしれない)ビーチ「下田白浜海岸」にちょっと寄ってきました。前日の夜は大雨だったから、まだ雲も多く海も少々荒れていて、濁りもあるけど、それでもきれいで、”都会を抜けた”感があって来てよかったです。
後で書くけど、思い出もあるしね。
2025-09-14
静岡|黒船電車で行く、下田
東京駅から伊豆急下田駅に行くとなると、新幹線で熱海まで行き、そこから伊豆急で「伊豆急下田」駅にいくのが一番早いと思います。おそらく2時間半程度。または、特急「踊り子号」もあります。
今回は、アホかと思われそうですが、全て各駅で行きました。東海道線で熱海まで行き、そこから「黒船電車(リゾート21)」で伊豆急下田まで。所要時間だいたい3時間半くらいで、片道4,000円くらい。それだったら特急の方がいいじゃんと言われれば、まあそうなのですが。
2025-09-13
静岡|熱海駅前:レストラン フルヤ(熱海)
熱海駅のロータリーの向こう側、目を引くポップなお店「レストラン フルヤ」。こちらもレトロ喫茶ファンに人気のお店でインスタやブログ、noteで発信している人も多いので、今更感いっぱいの投稿です。
1954(昭和29)年創業で、現在のお店は1950(昭和30)年頃からだとか。おそらく入居しているビルが竣工したのと同時に入ったのかもしれません。ビルも年季が入っています。
2025-09-11
東京|再開発でビル建て替え!ミカド珈琲 日本橋本店(中央区日本橋室町)+戦後のコーヒー事情
もうあっちもこっちも再開発でどんどん街並みが変わっていますが、大好きなミカド珈琲さんも2025年9月30日で現在の店舗から移転と聞いて、行ってきました。
正確にいうと、ビルを建て替えた後に現在とほぼ同じ場所で営業するそうですが、工期が6年もかかるため、それまでは40mくらい先にある仮店舗で10月上旬から営業するとのことでした。
2025-08-01
横浜|お店の下はミニシアター:喫茶あづま(中区)
お店の下はミニシアター「横浜シネマリン」という1957(昭和32)年創業の「喫茶あづま」さん。営業は8:00~ 14:00。
2025-06-17
東京|616・最高裁包囲ヒューマンチェーン共同行動
これに抗議する人たちが、昨年に引き続き今年も日本各地から集まりました。
2025-06-11
BLOG作り|Note始めました
作家さんや編集者さん、ライターさんなどプロも大勢いるし、プロではないものの、めざしているとか、すごく書き慣れた人が多い印象だったので、気後れしておりました。
ひとつのブログの更新もままならないのに、さらに広げてどうするんだというのもありました。過去には、Instagramもやめているし・・・・
2025-03-28
大阪|ピースおおさか(3):国防婦人会の発足
「国防婦人会」って大阪発なんですね、知らなかった。ドラマや漫画では、割烹着に襷掛け、厳しく近隣を監視し、悲しむことさえも許さない、 軍国主義を信奉する厄介な主婦軍団という描かれ方も少なくありません。ただ、当時の写真を見ていると「世話好きでよく働くおかあちゃん達」にも見えてきます。
当時の女性たちは「結婚前は親に従い、結婚したら夫や舅・姑に従い、老いては子に従い」で本当に自由がありませんでした。ただ、「お国のため」といえば家を空けることができたし、ひたすら善意だった人、やりがいを感じていた人もいたといいます。軍は女性達のそうしたものさえも利用したとか。戦争の恐ろしさはこんなところにもあるのかと思いつつ、「女性の生きづらさ」という意味では21世紀に生きている私達にも通じるところがあるように思います。
2025-03-27
大阪|ピースおおさか(2):庶民の暮らし
偶然、大阪に訪れたのは3月13日。そう、大阪大空襲(一次)があった日でした。予定を組んでいるときにふと思い出したので、何とか時間を作り、追悼と学ばせていただく気持ちで、「ピースおおさか 大阪国際平和センター」に立ち寄りました。
本当に駆け足での拝観となり、画像も説明も不足した記事になりそうですので、詳細はピースおおさかのHPをご覧いただいた方がよいかもしれません。また、前回も書きましたが、見てつらい気持ちになりそうな方は、ご無理なさらず、他のジャンルの記事をご覧いただくか、またのご訪問をお待ちしております。
2025-03-26
大阪|ピースおおさか(1):大空襲80年特別企画「大阪空襲 ~80年前の記憶~」
某国同士が戦争になってから、日本の過去の戦争のことを知りたい人が増えたといいます。何故戦争は起きるのか、起きるとどうなるのか、止めることはできなかったのか、そしてその中で人々が何を思い、どう生きたのか。今は、それらを知ることがだんだん難しくなってきています。
2025-03-25
大阪|再開発でどうなるのか、千里中央駅周辺
千里阪急ホテルに宿泊するにあたって、北大阪急行「千里中央」駅前も少しだけ散策。まずは、かわいいショッピングモール「せんちゅうパル」。160の店舗からなっていて、かつてはとても賑わっていたそう。
向こうにタワーマンションが見えるけれど、ここもいつか開発で取り壊されるのだろうか・・と思ったら、せんちゅうパルについては具体的な計画はないそうです。ただ、千里阪急ホテルも解体されるので、ここもどうなるか・・
2025-03-24
大阪|千里阪急ホテル(6):プールと朝食
ホテルの外観も低層で昭和っぽいけど、プールも昭和。ホテルのプールって昔は「贅沢」の象徴だったような気がします。このプールも1970(昭和45)年の開業時に作られ、1997(平成9)年にリニューアル。
夏になると、プールサイドビアガーデンが開催されるそうですが、今年は最後!6月28日~8月31日までだそうです。予約受付は、5月28日13:00から。

