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2025-03-26

大阪|ピースおおさか(1):大空襲80年特別企画「大阪空襲 ~80年前の記憶~」

某国同士が戦争になってから、日本の過去の戦争のことを知りたい人が増えたといいます。何故戦争は起きるのか、起きるとどうなるのか、止めることはできなかったのか、そしてその中で人々が何を思い、どう生きたのか。今は、それらを知ることがだんだん難しくなってきています。


今年は戦後80年、おそらくテレビでも映画でも、博物館や資料館もさまざまな企画をすると思うので、知る機会のひとつになればと思っています。
当ブログでも、そうした記事が多くなると思いますが、つらい画像や言葉を含むものが多々あるため、つらくなりそうな方はご無理をなさらず、またのご訪問をお待ちしております。
 

2025-03-25

大阪|再開発でどうなるのか、千里中央駅周辺

 

千里阪急ホテルに宿泊するにあたって、北大阪急行「千里中央」駅前も少しだけ散策。まずは、かわいいショッピングモール「せんちゅうパル」。160の店舗からなっていて、かつてはとても賑わっていたそう。

 

 向こうにタワーマンションが見えるけれど、ここもいつか開発で取り壊されるのだろうか・・と思ったら、せんちゅうパルについては具体的な計画はないそうです。ただ、千里阪急ホテルも解体されるので、ここもどうなるか・・

2025-03-22

大阪|千里阪急ホテル(4):お部屋

 前回に引き続き、千里阪急ホテルの記事です。今度はお部屋の中。シングルで予約をしたのですが、西館のツインにアップグレードしてくださいました(たぶん、スーペリアツイン)。シングルは東館にしかなく、西館はツインのみ。

なので、チェックインのときに西館ですって言われたときには思わずニンマリ。東館の方が古いので、そちらはそちらで楽しめたと思いますが、どちらでもいい思い出になりそうな気がしました(実際、いい思い出になりました)。

2025-03-21

大阪|千里阪急ホテル(3):フロント・ロビー

 まずは、1階のフロント&ロビー。南欧風とか邸宅風と表現される内装と調度品も素敵で、入った瞬間にもう「来てよかったなあ」と思いました。ただ、建築が専門ではないので、素敵だとは思いつつも、その価値や技術、設計者が意図するところなどをちゃんと理解できないことがちょっと悔しい。


あんなところにどうして八芒星のレリーフタイルを付けたんだろう?」とかも、わかったらきっと面白いんだろうなと思います。

2024-04-26

東京|シュークリームって百年前からあるんだ!創業百年「ヒロタ」

おやつや気軽な手土産として人気のシュークリーム。すっかり「ビアード・パパ」に押されている感じもするし、コンビニにも当たり前のように置いてあるけど、昭和育ちにとってはやはり「ヒロタ」のシュークリームの味が落ち着きます。大きさや原料、クリームの味をはじめとするレシピもほとんど変わっておらず、あの1箱4個入りの紙パックも健在。

写真を撮るまで気づかなかったけど、チェック柄の中に「H」の文字が隠れている

 シュークリームが一般に普及したのは、庶民が冷蔵庫を買えるようになった昭和30年代から。そういえば「おばあちゃんは洋菓子はあまり食べたがらなかった」という記憶も手伝ってか、戦後に日本に入って来たものだと思っていたら、100年の歴史があるとはちょっと驚きでした。

2023-11-05

東京|JR神田駅周辺・街歩き(1):「今川小路」跡

神田駅の西口と東口(東京駅に近い方)に、かつて戦後の時代から生き続けたガード下の飲食店街「今川小路(いまがわこうじ)がありました。千代田区(鍛冶町)と中央区(日本橋本石町)の境あたり。

向こうには大手町の新しいビルが見える。

竜閑川を埋め立てた跡に建てられ、最盛期には居酒屋や焼肉店など16軒が肩を寄せ合うように並んでいたそう。ガード下にピッタリはめ込むように建てられた住居兼店舗、戦後の混乱期に建てられたような雰囲気。今ではもうほとんど見かけなくなりましたが、2017年9月に閉鎖・解体されるまで、大手町にこんなに近い場所に残っていたんですね。

2023-10-31

東京|昭和の美人喫茶から専門店へ:神田珈琲園(神田)

旧万世橋駅から新橋駅まで続く赤れんがの高架橋は、明治の都市計画に基づく近代化遺産。ガード下の飲食店というと有楽町で、サラリーマンの憩いの場となっているけれど、神田駅にも規模は小さくともガード下には様々な飲食店が軒を連ねています。


飲み屋さんとかラーメン屋さんが多い中、カフェってちょっと珍しい。この神田珈琲園さんは1958(昭和33)年にこの場所でオープン。最初は自家焙煎の専門店ではなく”美人喫茶”だったといいます。もうそのカテゴリーがいかにも昭和ですよね(笑)。

2023-07-09

鎌倉|松竹大船撮影所の名残り

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数々の名作を生み出してきた映画製作会社松竹。1920(大正9)年に東京・蒲田に松竹蒲田撮影所を設立して映画製作を始めました。

寅さんを演じる渥美清さんと山田洋次監督。
撮影は昭和44年から平成7年頃まで約26年間も続いた。


無声映画からトーキーへ移り変わると、周囲にある町工場の騒音が撮影に差し障ることから、1936(昭和11)年に、神奈川県鎌倉郡大船(現:神奈川県鎌倉市大船)に移転しました。寅さんでおなじみの「男はつらいよ」もここで撮影されていました。

2023-04-11

東京|レトロな売店(日比谷公園)

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日比谷公園内にあるレトロな売店。昔の商店みたいにするなど、あえて昭和レトロな感じに改修する売店もある中で、こちらは本物です!

かつては公園内に6店舗あったそうですが、現在は日比谷公会堂前にある「石井売店(3号公会堂前売店)」 と、サービスセンターの隣にある「川原売店(4号草地前売店)」の2店舗のみ営業しています。権利者(経営者?)は民間の方です。

2023-03-03

横浜|港の見える丘公園/横浜米軍機墜落事件のこと

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1859(安政6)年の横浜開港時、港の見える丘公園の一帯は外国人居留地でした。丘の上はイギリス軍、下にフランス軍が駐屯していたそうです。


現在のような公園になったのは、1962(昭和37年)。戦後の流行歌「港が見える丘」に由来して付けられました。オフコースの「秋の気配」の歌詞に「あれがあなたの好きな場所、港が見下ろせる小高い公園」とありますが、ここのことだと言われています。

2022-09-24

東京|近代的なビル群の中の昭和:喫茶サンマリ(大手町)

レトロ喫茶巡りをするとき、有楽町や神田には足が向いても大手町って忘れがち。というより、新しいキラキラの高層ビルがどっと増え、レトロ喫茶があるとは思えない雰囲気に。


その中で逆に目を引く9階建ての大手町ビルヂングは1958(昭和33)年竣工。ここには、ありそうな気が・・・・。勘は当たりました!

2022-09-09

東京|昭和のガラスブロックのモザイクが目印:国際ビルヂング(丸の内)【2025年解体予定】

最近あちこちで再開発が進み、昭和の名作ビルも解体され始めています。有楽町駅前も1960年代に建てられたビルが多いので、少しずつ記録中。


1966(昭和41年)竣工の「国際ビルヂング」。このビルの中に帝国劇場が入っているように見えて、実は合築、設計者も違うのだとか。

2022-08-23

東京|昭和のセンスが光る:有楽町ビルヂング【2023年解体予定】

有楽町駅西口を出てすぐのところにあるワインレッドのビル「有楽町ビルヂング」。竣工は高度経済成長期の1966(昭和41)年5月。外見は控えめな印象だけれど、一歩中に入ると、飴色のタイルの美しさに目を奪われます。


残念なことに、建築ファンにも愛されているこのビルも、とうとう建て替えられるらしい、と聞きました。時期は2023年頃とか。

2022-08-21

東京|新東京ビルヂング/「9人の写真家が見た水俣」展(2)

前回の続きです。ここがビル2階にあるアートスペース。オフィスビルとはいえ、ビルの1階~2階は公共施設みたいな雰囲気もあり、気兼ねなく入れます。ちょうど2022(令和4)年7月4日~30日まで「9人の写真家が見た水俣」の写真展が行われていました。

1969(昭和44)年に出版された石牟礼道子(いしむれ みちこ)さんの「苦海浄土」、昨年秋に公開された映画「MINAMATA」は有名ですが、数十年に渡って水俣に足を運んで撮られてきた写真はどれも胸に迫るものがあります。
でも、つらいものばかりではありません。

2022-08-20

東京|新東京ビルヂング/「9人の写真家が見た水俣」展(1)

有楽町駅前の再開発も決まっているし、東京の風景もどんどん変わっていきそうなので撮りためています。今回は「新東京ビルヂング」、1963(昭和38)年第一期竣工、1965(昭和40)年完成。


この時代のビルは角に丸みを付けたものが多い気が。デザイン的な流行か、「尖ったものや鋭さを感じるものを他人様に向けてはいけない」ということに敏感だった昭和らしい感覚か。角に使われている曲面ガラスは当時の最新技術だったそうです。

2022-08-14

東京|新有楽町ビル/建替えは使えるかどうかより・・【2023年閉館】

隣にある有楽町ビルヂングと共にこちらも建て替え、2023年に閉館が決まっているそうです(2021年7月29日に三菱地所=発表)。


竣工は1967(昭和42)年1月。地上14階、地下4階、塔屋1階建てのオフィスビル。強い青味を帯びた黒の外観は、ビルの外観としてはあまり見かけない色。また窓の意匠もユニークです。

2022-08-06

東京|高度経済成長期の物流センター:五反田TOC【解体予定】

五反田のTOCビルも2023(令和5)年3月末で閉館し、その後すぐに解体される、という話を聞きました。
※追記:解体工事着工を6ヶ月から1年程度順延、それまで営業を続けるとのこと(2022年9月の発表) 


また「あって当たり前」になっていたものが姿を消すのかと、立ち寄ってきました。もう閉店してしまったけど、レトロ喫茶好きに人気の「LIPTON」もここに入居していました。

2021-05-30

映画|伝説の学生運動「きみが死んだあとで」

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これも大事な昭和史。「10・8羽田(じゅっぱちはねだ)」という言葉をご存じでしょうか。「ベトナム戦争反対」を掲げていた学生たちが、1967(昭和42)年10月8日、佐藤栄作首相の南ベトナムを含む東南アジア各国訪問を阻止しようと羽田空港周辺に集結、橋の上で機動隊と激しく衝突した事件。「たとえ1人でも羽田空港のなかに入れば飛行機は飛び立てない。佐藤首相のベトナム訪問を何が何でも阻止したい」と。

このとき、京大生の山崎博昭さん(当時18歳)が命を落とし、彼の死は特に同世代の若者達に大きな衝撃を与えました。この映画のタイトルの「きみ」とは、山崎博昭さんのこと。共に活動・支援していた人達の記憶、思い、その後の人生が語られます。何より滲み出るような心の痛みが聞いていてつらい。

2020-12-16

東京|現存する日本最古のビアホール:銀座ライオン7丁目店(銀座)

 銀座ライオンの銀座七丁目店は、現存する日本最古のビアホール。1934(昭和9)年に大日本麦酒株式会社の本社ビルとして竣工、1階でビヤホールを開店したのが始まり。

日本で一番古いビアホールは「恵比寿ビヤホール(1899年)」だそうですが、現在は2代目なので、現存するのものの中ではここが一番古いそうです。

2020-06-18

東京|最後の1店舗、アンナミラーズ高輪店【閉店】

1970年代の日本の外食産業勃興期に日本上陸に上陸したファミレスのひとつ「Anna Miller's(アンナミラーズ)」。デニーズより1年早い1973(昭和48)年に、青山に1号店をオープンして以来、首都圏で展開。最盛期は1990年代後半で28店舗。



創立者スタンレー・ミラーは祖母が作っていた素朴なペンシルベニア・ダッチスタイルの家庭料理をコンセプトとしたそうです。