2020年4月7日付で政府より緊急事態宣言が発令されてから2週間。
ずっと籠ってもいられないので、大きな公園や都心を離れた自然のある場所に、車やバイクで日帰りで行くならいいのでは?と、みんな同じことを考えるんですね(笑)。こうした張り紙を見かけるようになりました。
2020年4月7日付で政府より緊急事態宣言が発令されてから2週間。
昨日(2020年4月7日)、緊急事態宣言が出ました、といっても、東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡の7都府県が対象です。4月2日の午後の会見で出るかも、という話もありましたが、出なかったため、「やっと出したの?」という感じ。
これからどうなるのか見当つかないけど、とりあえずこんなガラガラの東京を見ることはないだろうと、仕事帰りに、新橋~銀座~有楽町を歩きました。
江ノ電(江ノ島電鉄)の「鎌倉高校前」駅。目の前には国道134号線と相模湾。湘南っぽいところとして、この駅付近もロケによく使われています。
これだけ海に近いと塩害も相当なものだと思うのですが、昭和な感じの駅舎を保ってます。竣工時期は不明です。また、江ノ電の車両もいろいろあるので、どれがやってくるかも楽しみのひとつ。
「日本女性の2人に1人は、自分の髪が好きではないと感じています。」
Doveの実験について過去に2回ほど記事にしていますが、今度は髪か・・と傷んだ毛先を触りながら、また負の感情に気づいてしまいました。
「これが私の髪です」。
新型コロナウイルス拡大の影響は、私たちの想像より拡がりが早くて、ああ、そうだった、そういうのもあるな、なんて思いながら、みんなそれぞれ暮らしを守るべく対応しようとしています。
3月は卒業式、謝恩会、送別会などの季節ですが、中止になると、この時のために花を育ててきた農家さん、販売や納入準備をしてきたお花屋さんは、売上がぐっと減ってしまいます。その助けになればと花を買うという活動も広がっています。
鎌倉駅から徒歩10分程度の住宅街の中にある古民家を利用した「燕Cafe」、1934(昭和9)年に建てられた木造住宅です。一部サッシなどで改修されているものの、中は驚くほど古い仕様のまんまです。
オープンしたのは2016(平成28)年。1階はカフェ・スペース、2階はレンタルスペースだそう。カフェ・スペースでは、薬膳や地元で採れたオーガニックの野菜を使った料理のほか、デザートも人気です。
鎌倉駅前にある庶民の台所。1928(昭和3)年に宣教師のアドバイスで始まったという日本初のヨーロッパ式マルシェ、鎌倉市農協連即売所、通称「レンバイ」。
お正月を除くほぼ毎日、日没まで営業、シェフも買い付けに訪れるという朝摘みの鎌倉野菜が売られているほか、隣接する「中央食品市場」もあわせると、本当にいろんなものが売られています。
鎌倉駅から徒歩圏の住宅街にある小さな橋。1924(大正13)年に建造された、滑川(なめりかわ)に架かる「東勝寺橋」。上路式鉄筋コンクリートアーチ橋という関東大震災の復興期に多く用いられた形式で、現在ではとても希少なものだそう。
鎌倉って明治~昭和(戦前)のものが見落としがちなところに残ってたりします。情報も少ないし、行った後で知ったりすることも。
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忘年会でやってきました、銀座にある「Cafe Bar yu’s」。店内は、昭和の大スター、石原裕次郎さんのポスターや絵画、いろいろなアイテムで埋め尽くされています。
幹事さんが裕次郎ファンのため独断で決まったのですが、確かにファンなら楽しいだろうな。 定期的にファンの集いも行われているそうです。
日本で初めてクリスマス・ツリーが飾られたのは意外に古く、1860(安政7、万延元)年「桜田門外の変」頃。どんなツリーだったんだろう。
クリスマスの雰囲気も随分変わり、ツリーも「青っぽい」「色が変わる」ものが多くなりました。昭和生まれにとってクリスマス・カラーは「緑・赤・白・金」だけれど、今の時代の子供たちが大人になったとき、クリスマスの思い出は青っぽいのかも。
茅ヶ崎市にある「恵比寿湯」さんに行ってきました(駅からは遠い)。幼いころのうっすらした記憶に”銭湯”があり、当時は銭湯のことを「お風呂屋さん」、家のお風呂を「内風呂」と言っていたような。
久しぶりに朝カフェ、今回はパークホテル東京の1階「News Art Cafe」。共同通信社の文化交流施設「ニュースアート」(1~3階 )があり、1階のカフェの入り口も企画展(報道写真)のスペース。
カフェでは、2枚切り?くらいの分厚いトーストのモーニングを頂きました。
JR新橋駅構内の「くじゃく窓」、見ると新橋に来たなと実感しつつ、ホッとするのですが、あって当たり前で見慣れ過ぎていて、作品についてはよく知りませんでした。
ここ数年、新橋駅構内は工事中。どうなるのかわかりませんが、こういうのは残して欲しいですよね。新しい駅はどれも同じような感じで個性があまりなくなっているので余計に。
茅ヶ崎駅から徒歩5分くらいの住宅街の中にあるレストラン「MOKICHI FOODS GARDEN(モキチ フーズ・ガーデン)」。1944(昭和19)年に建てられた日本精麦株式会社の精麦工場を再利用しています。
この工場が建てられた頃の藤沢・茅ヶ崎のあたりは、軍都・横須賀を支える軍需関連産業を担う町として多くの工場が進出していました。
2004(平成16)年、横浜高速鉄道・みなとみらい線の開通と同時に開業した「日本大通り」駅。構内に横浜港の歴史を描いた陶板レリーフ板に、どこかで見たことがあるキャラクター(の形をしたもの)が紛れ込んでいました。
サントリーのトリス・ウイスキーのキャラクター「アンクルトリス」!
JRから井の頭線へ抜けるココースにある巨大な壁画。岡本太郎さんの『明日の神話』、原爆・水爆をテーマとした作品のひとつ。
1954(昭和29)年に第五福竜丸が被爆した際の水爆の炸裂の瞬間と、核兵器に焼かれる人間を描いたという重たくも大切なテーマです。
亡き伯父のことが繰り返し頭に浮かぶ時期がありました。伯父が亡くなったのは私が生まれる前なので、一緒に遊んだなどの思い出はありません。
戸籍抄本を取りに役所に行ったとき、何となく話の流れで、伯父のことを何か調べられないか聞いてみたら、「戦争に行ったのなら軍歴を調べたらどうか」と教えていただきました。某区役所の方、ありがとう。
既に湘南の見どころの一つになっている江の島サムエル・コッキング苑の「Sea Candle」。2002年に、江ノ電開業100周年事業の一環として始まってもう16年。ここでは本物のキャンドルです。準備も管理も大変だと思う!
絵本に出てくる龍宮城を模したユニークなデザインの小田急江ノ島線「片瀬江ノ島」駅は1929(昭和4)年竣工。
両国には滅多来ないこともあり、ちょっと私のイメージが歪んでいるのかもしれないんだけど、お相撲さんの町だから(国技館があるから)、おいしいちゃんこ屋さんはあっても、カフェやレストランってあるんだろうか?と思ってました。
もし同じようなことを思ってる人がいたら、ここはどうでしょう?「両国テラス」。隣は旧安田庭園。突き当たりに見える緑は、庭園の緑です。
いつでも行ける、今度でいいや、と足を運ぶことを先送りにしていたところのひとつ、貿易センタービルの展望台「シーサイドトップ」。
このあたりなら東京タワーに行くと思いますが、貿易センタービルは浜松町駅から直結、入場料が620円と安い、空いている、そして、東京タワーが見えます(当たり前だけど、自分が東京タワーの展望台に居たら東京タワーって見えないですもんね。)
五反田駅から徒歩3~4分の目黒川沿い、オフィスが立ち並ぶ一角に唯一残る旅館「海喜館(うみきかん)」。
戦前の五反田は花街として賑わっていました。空襲、戦後復興のドタバタ、高度経済成長期やバブル経済など、大きく時代が移り変わっても、周囲の風景がどんどん変わっても、ずっとここに建っています。
次は「戦艦ミズーリ記念館」へ。入り口横には、第二次世界大戦中のアメリカ太平洋艦隊総司令官を務めたチェスター・ニミッツ海軍元帥の銅像が立っています。日本軍と戦い、降伏調印式にも立ち会った人でもあります。
戦時中「出てこい、ニミッツ、マッカーサー、出てくりゃ地獄に逆落とし・・・」という歌が流行ったそうですが、マッカーサーが目立っていたせいか、どんな人だったのか、あまり伝わっていませんよね。楽天的で人心掌握術に長けていたそうで、真珠湾攻撃後の最初の任務は「志気の回復」だったのだそう。
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せっかくオアフ島に行くのだからとパールハーバーにも行ってきました。見学できる施設は、「パールハーバー航空博物館」、「戦艦ミズーリ記念館」、「USSアリゾナ記念館」、「USSボーフィン潜水艦博物館」4つ。
今回、USSアリゾナ記念館は点検修理で通常の見学ができないため、船で近くまで行っての見学となりました。まずは、フォード島内に2006年に開館した「パールハーバー航空博物館(Pearl Harbor Aviation Museum)」から。
全米に展開する人気レストラン「ザ・チーズケーキ・ファクトリー」、ハワイで唯一の店舗がワイキキにあります。名物でもあるチーズケーキは常時30種類以上、季節限定のメニューも!
お店の前には常に行列ができている感じなのですが、予約は不可。最も混雑するのはディナーのピークタイムで、30分~1時間半ほども待つこともあるそうです。あまり混まないおすすめの時間帯は、ランチとディナーの間か、閉店の少し前とのこと。